「オンライン投票を実施してくれる候補者に入れたい」
「こんな状況なんだから、ネット投票なんでやらないんですか?」
コロナウイルスによる「緊急事態宣言」下で行われた、今回の目黒区長選挙。
そのなかでたびたび、こういったご意見を頂きました。
なぜやらないのでしょう。
その理由は機器の問題とか、セキュリティの問題とか、色々あるかとは思いますが、最も端的な答えは、
現在の日本では「法的に」認められていないからです。
選挙に関するルールを定めた「公職選挙法」には、
公職選挙法 第46条(投票の記載事項及び投函)
第1項 衆議院(比例代表選出)議員又は参議院(比例代表選出)議員の選挙以外の選挙の投票については、選挙人は、投票所において、投票用紙に当該選挙の公職の候補者一人の氏名を自書して、これを投票箱に入れなければならない。
「投票所」において、「投票用紙」に「自書して」投票してくださいと明言されています。1950年に作られたこの法律で想定されていない「ネット投票」は、法律の文言を変えない限り、導入することはできないんです。
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ただし例外として唯一、電子機器を使った投票方法で、認められているものがあります。
いわゆる【電子投票】と呼ばれる方法です。
総務省「参考資料」より抜粋
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「電子投票とは」
これは、「電子投票法」と呼ばれる法律によって公職選挙法の例外を認めたものですが、その内容は、私たちが思い浮かべるような、自宅から投票できる「オンライン投票」とは全く別の仕組みです。
ざっくり言えば、
有権者は投票所まで行って、
投票用紙に名前を書く代わりに、
タッチパネルを操作して投票する方法
です。
総務省「電磁的記録式投票制度(パンフレット)」より抜粋
この方法だと、どっちみち投票所には行かないといけないので、もし今回導入していたとしても、「三密」回避には1ミリもつながりません。
(多くの人が同じ画面を触るので、むしろより危険?)
ただしこの電子投票にも、3つのメリットが。
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メリット1 開票作業(票の集計)が楽になり、選挙結果がすぐに判明する。
総務省HP「電子投票の実施状況」より抜粋、下線、矢印は筆者追記
上の表の通り、多くの自治体で開票作業にかかる時間が半減しています。今回も、開票従事者の安全を考えれば、電子投票を導入して、できる限り早く作業を終わらせた方がよかったでしょう。
目黒区の2週間前(4/5)に選挙があった、広島県福山市議選の開票作業の光景です。「密!」
メリット2 「疑問票」や「無効票」がゼロになる
これ、結構あるんです。何と書いてあるか分からない票があると判読に時間がかかる上、そうした「疑問票」をどの候補にカウントするか次第で当落が入れ替わったりもしますので、開票所では各陣営、「これはうちの候補のことを書いているんだ!」と、熾烈な票取り合戦が行われるものですが、これも「電子投票」によって無くすことができます。
メリット3 自分で書くことが難しい人も簡単に書ける
ご高齢の方など、身体が不自由で文字を書くのが容易でない方にも優しい投票方法です。
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じゃあ「電子投票」なら、すぐにできる?
いいえ。実は、この電子投票でさえ、導入するためのハードルがあります。
まずはそれぞれの区市町村で、「電子投票を導入します」という条例を作る必要があります。そしてそのためには、議会での審議が必要となるので、ある程度の時間がかかってしまいます。
では、この条例、どれだけの自治体が持っているかというと、下のとおり。
総務省「参考資料」より抜粋
全国に1741ある自治体の中で、わずかに6か所だけ。しかも、そのすべてで条例の効力が「凍結」になっています(4番の六戸町も2018年に休止となりました(後述))。そしてもちろん、目黒区も条例を持っていませんから、すぐに実施できるものではありません。
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「なぜこんなに少ないの?」
実はこれまで、この電子投票は全国で10自治体(25例)実施されていたんです。
総務省「参考資料」より抜粋
しかし、導入後、紙による投票よりもコストがかかってしまうことへの抵抗感や、人為的な操作ミス、機材の故障などのトラブルが相次ぎました。
なかでも電子投票普及へ決定的なダメージを与えたのが、いわゆる「可児ショック」と呼ばれる事件(?)です。2003年、岐阜県可児市で行われた市議会議員選挙で、電子投票に使う機械がオーバーヒートして一時投票できなくなり、それでなんと裁判所から「選挙無効」の判決が下ってしまったのです。
《参考》
朝日新聞 【電子投票のいま】(上)「可児ショック」今も尾を引く 2019年12月10日
”選挙無効”というその重すぎる判決に、各地の選挙管理委員会は「自分のところの選挙もこんなことになったらどうしよう…」と尻込みし、多くの自治体が実施を取りやめることに。
そして2018年、
最後の最後までただ一か所導入していた青森県六戸町(ろくのへまち)では、過去6回、トラブルもなく電子投票を実施してきていたものの、機材をリースしていた団体が採算面から新しい機器を供給できなくなったこと、そして、機材に関する新たな基準の通知が総務省から無かったこともあり、新しい技術が開発されるまで休止となりました。
(休止を決めた2018年には六戸町へ、総務省から電子投票の取り組みに対して感謝状が贈られていて、六戸町長としても「続けたい」という意向だった(平成30年第4回定例会)そうですから、気の毒な話です…)
これにより、現在日本では「電子投票」を実施している自治体はありません。
《参考》
日本経済新聞 青森・六戸町が電子投票休止 コストが壁で普及せず 2018年5月14日
ただし今年の3月、総務省から新たな基準が出されましたので、状況はまた変わるかもしれません。
「何が変わったんだろう?」と思ってみてみると……
画面上でボタンを押す方法だけでなく、新たに「タッチペン方式」による投票もできるように追加するとのこと
総務省「電子投票システムに関する技術的条件及び解説」の改定(令和2年3月)のポイントより抜粋
いや、改善の方向、そっちです?
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「電子投票の話はもういいからネット投票を!」
そう、ここまで長々と書いてきたのはあくまで「電子投票」。私たちが求めているのはそれではありませんよね。
実際に海外では、ネットを使ってオンラインで投票する方法をとっている国もあります。例えば北欧のエストニアは、国政レベルでのオンライン投票を初めて実施した国として有名で、投票所での投票と併用する形で、自宅からも投票できる制度になっています。
これによって、2019年3月の国政選挙で、全投票者の43.8%がオンラインで投票するなど、大いに効果を発揮しています。しかも投票にかかる所要時間はわずか3分。
特に国外からの不在者投票が容易になるほか、雪の多い国ですから外出するのが不便な高齢者が多く利用しているとのことです。(逆に若い世代の投票率向上は見られないというのも参考になります。)
《参考》
「エストニアのインターネット投票について」(一般社団法人 日本・エストニアEUデジタルソサエティ推進協議会HP)
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「日本ではどうなんですか?」
冒頭にも書きましたが、日本で行うには法律の改正が必要です。したがって、目黒区が単独で「やりたい!」と言ったところでできることではありません。
ただ、各自治体でいろいろな模索は行われています。
その中でも一頭地を抜いているのは茨城県つくば市の取り組み。昨2019年に、(選挙ではありませんが)企業から出された提案のコンペの際に、市民から顔認証を使って投票してもらう方法を実証実験しました。
つくば市HP「ブロックチェーン×マイナンバーカード×顔認証技術によるインターネット投票を実施しました!」
この時の回収数は150票とのことで、実際の選挙とは規模感が全く違うものの、
○ 16桁もの電子署名用のパスワードを入力する必要がない
○ 時間と場所を選ばず自宅からも投票可
○ 一度投票した後に考えが変わっても、出し直せる
など、「実際の選挙で導入出来たらどれだけ良いだろう」という機能が実装されていました。
特に最後の「投票の出し直し」などは、スウェーデンなど複数の国で実際に採用されている「後悔投票」と呼ばれる制度で、私もぜひ導入してほしいと思っています。
(個人的な経験談ですが)昨年の区議選の期間中、ビラをお配りした有権者の方とすごくじっくりお話ができて、意気投合できたと思ったら、「じつはもう期日前で別の人に投票しちゃったの。次の時にね。」と言われてガッカリ、というケースが何度もあったもので…
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ということで、国会議員の皆さま、この緊急事態宣言下の選挙は、
・満足に活動できない候補者も、
・リスクを冒して投票しないといけない有権者も、
・防止策に苦慮しながらクレーム対応に追われる選挙管理委員会も、
・多くの有権者と接しないといけない投票所スタッフも、
みんな苦しみ、困っています。本当にだれも得をしていません。
テレワークなどで自宅にいらっしゃる方が多い今、オンライン投票ができていたなら、投票率は大幅に上がっていたはず。ぜひ、ぜひ、一日も早いオンライン投票の実現へ向けた議論を、心からお願いいたします。
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「目黒区では何ができる?」
最後に、すべて国任せではいけませんから「目黒区でどうやったらもっと投票しやすくなるか」、考えてみます。前述のつくば市のような新しい実証実験は区でもどんどん行っていくべきだと思いますが、
もうひとつ、小ネタとして私が良いなと思っているのは、全国240以上の自治体で実施されている「記号式投票」という取り組みです。例えば、お隣・港区を例にとると、区長選挙では鉛筆で名前を書くかわりにスタンプを使って、投票しています。これなら文字を書くのが困難な方でも簡単に投票できそうです。
港区明るい選挙推進協議会「港区長選挙に行こう」(2016年3月発行)より抜粋
「費用対効果はどうだったのか」など、いろいろ検証が必要ですし、あくまでネット投票が導入されるまでの”その場しのぎ”にしかなりませんが、一考の余地はあるのではないかと考えています。
さて、目黒区長選は本日8時まで。今後4年間の目黒区のリーダーは誰になるでしょうか。
私は自宅にこもりながら、静かに発表の時を待ちたいと思います。
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