活動報告

若い世代と政治

回覧板廃止論

 

こんにちは。26歳の目黒区議、かいでん和弘です。

 

決算特別委員会の闘いの記録、今回のテーマは「回覧板」についての攻防です。

 

いや~、自分の意図を正確に伝えるって難しくて、私が議場でこの質問をした時にも、ほかの議員さんから今までに聞いたことのないくらい多くのヤジをいただいてしまいました笑(それでも主張を変える気はありませんが)

 

動画でご覧になりたい方はこちらからどうぞ。

 

 

結論を先に

 

ちょっとタイトルを過激なものにしてしまったので、無用な誤解を避けるためにも、まず私の主張を書いてしまいます。

 

・回覧板は今の時代に合っていない。理由は4つ(本記事にて後述)

・回覧板は町会・自治会が自主的に行っているものなので、区に決定権はない。

・しかし、区から町会への回覧板の委託費が年間約741万円。これをなくすべき。

・あくまで回覧板廃止の意図は、「町会・自治会を存続させるため」。

 

以上の姿勢をお含みおきいただき、お読みください。

 

 

前例踏襲のひずみ

 

昨日、京都新聞からこんな報道がありました。

 

国勢調査、町内会に「大変な負担」 町内会と縁切る人も「やり方見直して」

 

この記事は、

①国勢調査の調査員が町内会で割り当てられることがある。

②調査の手法が古くて非効率的。

③調査員の仕事が大変で町内会を脱退したいという声が多数。

 

という内容ですが、この件にも代表されるように、

①行政は本来役所が行うべき仕事のいくつかを町会に頼っているものの、

②それらの中には昔からの手法を再検討することなく続けているために、

③町会に非合理的な負担を強いてしまっている、

という事態が多数発生しています。

 

感染症によって生活のあり方が一変した今日、昔から惰性で続いてきた「行政と地域との関係性」についても、もう一度根本から見直していくことが急務です。私はその筆頭として「回覧板」をあげたいと思っています。

 

 

回覧板は、無料じゃない。

 

区役所や学校、警察・消防や地域のお知らせを各戸に届ける回覧板。戦時中の昭和15年に食料品等の配給の周知のために使われだして以来日本ですっかりおなじみの制度として定着し、現在でも目黒区内82の町会・自治会がそれぞれの加入世帯に向けて自主的に行っています。

 

しかしこれ、町会・自治会の“自主的な”取り組みといいつつ、実は区の税金も投入されています。目黒区→各町会・自治会に毎年支出される、「町会・自治会等に対する区事務事業委託」の一環です。

 

 

 

それぞれの業務について、内訳が積算されていない(!)ため、回覧板の部分にいくら見積もられているかはわかりませんが、仮に3,706万円を5業務で均等に分割すると、回覧板には約741万円が割り当てられていると考えられます。ひとつの目安にはなるでしょう。(さすがにこの金額は82町会・自治会の総額ですので、個々の町会へ支給される額はもっと少ないです。念のため。)

 

 

回覧板は、必要?

 

では果たして回覧板には、年間700万円以上掛けるに値する必要性があるのか、大きく4つの視点から検討してみたいと思います。

 

① 情報発信の手段としてどうか?

② デジタルデバイドの方への伝達手段としてどうか?

③ 感染症対策との両立はどうか?

④ 町会・自治会の存続へ向けてどうか?

 

① 情報発信の手段としてどうか?

 

一つ目の視点は、「回覧板が情報発信の手段としてどれほどの効果を持つか」ということです。平成29年の目黒区世論調査では、区の情報の入手先について回覧板・掲示板と答えた方は32.6%と、めぐろ区報の次に高くなっています。(あくまで掲示板も込みの数字ですね)

 

 

 

とはいえ一方で、そもそも回覧板は町会・自治会に加入している世帯だけに回しているものですから、町会に入っていない50.2%の過半数の世帯へは情報を届けることはできません。まずこの段階で区民の半分の取りこぼしが発生しています。

 

 

そして、回覧板でどのような情報がやり取りされているかというと、ほとんどが、急を要さない、重要度の高くないものに限られています。それもそのはず、回覧板は一軒一軒順番に回していくものですから、最後の一世帯に届くまでに一か月くらいかかってしまうこともあるわけで、となると古くなってもかまわない程度の情報しか構造的に、載せることができないわけです。

 

 

回覧板が始まった昭和15年ならいざしらず、現代においては情報の速さ、届けられる情報の質、量、すべてにおいて、回覧板がほかの広報手段に勝っている点は一つもなく、情報伝達の手段としては時代遅れであると言わざるを得ません。そのため、武蔵野市など自治体単位で回覧板を廃止するところも出てきています。

 

 

② デジタルデバイドの方への伝達手段としてどうか?

 

次に2つ目、「デジタルデバイド(高齢者などインターネットからの情報を得られない方)への情報伝達」という視点です。おそらくここが、回覧板に期待される一番の役割かと思いますが、よくよく考えてみれば、回覧板がデジタルデバイドの方に必須とも思えません。なぜかというと…

 

例えば目黒区では、めぐろ区報が月3回発行されています。これは新聞折込もしていますし、新聞をとっていないご家庭には個別配布も無料で対応しています。

(お申込みはこちらから→目黒区HP「めぐろ区報をご自宅にお届けします」)

 

また、街角に点在する掲示板だって、回覧板に載っているチラシとほぼ同じものが掲載されているわけです(注・掲示板が無く、情報伝達の手段が回覧板だけという地域からすれば、歩いてすぐの距離に掲示板が点在する目黒区は、贅沢すぎる環境です)。

 

 

このように目黒区ではアナログによって情報を得る手段も複数、用意されています。回覧板はアナログな形での情報発信を“補完する”ツールとしての役割はあるかもしれませんが、仮に無くなったとしても即座に困る方というのは、存外いないように思います。

 

 

③ 感染症対策との両立はどうか?

 

そして、決定打となったのが感染症、これが3つ目の視点です。不特定多数の方が触れ、中には昔の習慣で指をなめて紙をめくる方もいるかもしれないとなると、そうしたリスクを内包する回覧板は、感染症対策との相性が最悪です。

 

さすがに今は、回覧板も一時お休みとなっていますが、今後どんなに慎重を期して再開の時期を判断したとしても、必ず「怖いからやめてほしい」という声が上がってくるでしょう。これだけでもう十分、回覧板をやめるべき理由になりそうです。

 

 

④ 町会・自治会の存続へ向けてどうか?

 

この4点目が、私が思う回覧板をやめるべき最大の理由です。「町会・自治会を存続させるために回覧板の廃止が必要ではないか」と思います。

 

話がそれますが、ちょっと考えてみてください。これだけSNSが発達して、北海道に住んでいる友人とも数秒で簡単に連絡がとりあえるこの世の中、もはや昔のような、「ご近所さん以外に頼る相手、相談する相手がいない」という時代ではありません。ですから当然、”地域のつながり”が生活していく上で不可欠なものではなくなってきていて、町会の役割も低下してきていますよね

 

この結果起こっているのが、昨今の町会・自治会離れであって、これはもう社会の大きな構造変化に起因するものですので、区が町会をどれだけPRしても、昭和40年代のような加入率70%の水準にV字回復するなんてありえないのではないかと、私は思ってしまいます。

 

 

でもやはり区としては、その事態を看過するわけにはいきません。地域コミュニティの核としての町会・自治会には、災害時の助け合いをはじめ、いろいろな役割を担ってもらおうと期待しているわけですから、そりゃあ当然、より多くの方に入ってほしいと思っています。もちろん私も、同じ思いです。

 

であるならば、町会の必要性を普段全く感じていないような方や、正直地域の活動に関わっている暇のないような方にも“ゆるやかに”加入してもらえるような町会にする、そのための個人にかかる負担軽減策こそ、今必要なのではないでしょうか?

 

 

多くの人の我慢の上に成り立つ回覧板

 

その観点からすると、むしろ私は、回覧板を思い切ってやめるべきだと考えます。それは回覧板が、多くの人の我慢があって初めて成り立つ広報手段である、という欠点を抱えているからです。

 

確かに、インターネットで情報を入手できない方はいらっしゃるでしょう。そうした方を取り残してはいけない、それもその通りです。そのときに、もし区役所がその方に【ダイレクトに】情報を届けるなら、これはなにも異存はありません。

 

でも回覧板は、その方に情報をとどけるために、他の多くの、“情報は他から入手できていて、回覧板を必要としていない人”の手まで借りて、協力してもらわないといけないと、ここに問題があるのです。まさに、回覧板の情報を必要としない人にとっては、無意味な負担以外の何物でもありません。実際に多くの方が心の中では「私には関係のない情報しか載っていないのに、わざわざ隣の家に回すの、面倒だな」と思われているのではないでしょうか。

 

「こういった非合理的なことを続けていては、若い新しい考えを持つ人に支持されず、町会・自治会離れはより一層進んでいくのではないですか?」というのが私の主張です。

 

 

以上総合すると回覧板は、

 

多額の経費が掛かっている割に、区民の半分にしかアプローチできず、情報も他の(アナログな)手段で十分代替できるものしか載っていないうえ、だれかにとって必須のサービスという訳でもなありません。

 

さらにこのご時世、感染拡大防止という、誰がどう考えても納得できる大義名分までできました。そして地域コミュニティを将来まで持続させていく、という長期的な考えも踏まえると、回覧板(に対する委託費)はカットすべき最有力候補だと考えます。

 

と、こう訴えました。まあ、いかにも物議を醸しそうな(ヤジを賜りそうな)主張だなと思います笑。

 

区の回答は?

 

要約すると次の通り。

ご意見にはなるほどという部分もある。確かに将来的に電子化という中で検討は必要だが、現時点では廃止ということは考えていない。

 

情報発信の在り方については、確かに今回コロナが起こったことで、区民の方の中に「回覧板によって感染が広がるのではないか」と危険視される方がいらっしゃるのも事実。一方で、そうでない場合を想定した場合、回覧板を渡すときに隣の家の人に話しかけたりとか、そういうコミュニケーションの一つのツールとして使えることもある。

 

回覧板に、普段触れていない情報、総会の情報や役員の名簿をつけていけば、「こういう活動をしているのだな」と、理解を得る機会にもなるので、必ずしも否定されるものではないのではないか。

 

ただ、今この時代の中で「情報発信が手伝えでいいのか」ということはあって、私どももそこは分かっている。情報発信の方法については、一昨年度からSNSの研修やHPの作成など、情報発信のツールを充実していくことで、いろいろな方たちがいろいろな方法で町会・自治会を知ってもらうとしている。今後もその方向は堅持したい。

 

時代の中で、情報発信の在り方がどうあったらいいのかということについては、基本的にみんなで話し合っていかないといけないことだろうな、というのが総括。回覧板は、私どもの方で補助を出しているが、町会が主体的にやっている事業なので、ご意見いただいたことを町会自治会連合会に伝え、意見交換はしてみたい。

 

 

再反論

 

区の答弁の太文字部分についてやっぱり気になります。感染症の心配のないケースを想定する意味があるのかも不明ですが、特に後段部分、果たして目黒区で、回覧板を渡すときに隣の家の人と会話をする世帯はどのくらいあるでしょうか。

 

単身・核家族世帯が増え、また、共働き世帯が専業主婦(夫)世帯よりも圧倒的に多くなるなど、社会のあり方は大きく変わりました。昔のように、平日の日中にも家にだれかがいて、その人に回覧板を直接渡せる環境は、もはやまれなものとなりました。

 

 

そんな中では、ほとんどの家が、「郵便受けから回覧板を取って、ちらっと目を通してハンコを押して、隣の家の郵便受けに投函する」、そんな“流れ作業”をこなしている状態になっているのではないでしょうか。少なくとも、回覧板がご近所同士のコミュニケーションツール(きっかけ)として機能するということはほとんどないですよね。どうも役所の答弁を聞いていて、一つ前の時代の回覧板像を引きずっているように、26歳のひよっこ世代には感じられたのでした。

 

おわりに

 

私としても、今回の指摘でいきなり役所が決断するだろうなどとは思っていませんでしたので、区の反応も予想の範囲内。しかし、30年後の目黒区にも責任を持つ使命のある26歳の議員としてはやはり、「この回覧板制度はいずれは刷新しないといけないテーマだ」と、大いに課題を感じています。今後も継続的に指摘して、次の時代に沿う方法に今のうちからアップデートしていければと思います。

 

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